メタ定義概念

何らかの対象に定義を与える為の視点。

その対象を客体として客観的に認識、理解し概念化することによって得ることが出来る視点。

ルーラーの視点だな。

 


アプスー思想用語集

生きている、とは?

「生きている」という状態を厳密に定義すると生命活動を越えたなんらかの状態になるのかもな。
逆に言えば、生命活動をしてても「死んでいる」と分類される様な事態も起こりうるかもしれない。

そして「存在」と「背景」を分かつのは、「認識という行為そのもの」かもしれない。

=認識行為をする主体=生きている存在=知性体

高等知性体の宿痾

「正気」と「狂気」を衆愚が決める限り、その「認識」と「現実」の差分は埋まらないだろう。結局世の大半の人間は誰かの空想を生き、群集心理は容易に人を悪意に染め上げる。

「空想を現実と認識出来無い人間」が「狂気」だとすればそれは、「その世界が狂っている」という事なんだろう。

「絶対基準」というものが必要だろな。そうでなければ「異常な世界」では「正常な人間」が「異常な人間」になってしまうのだから。

「思想」が出来るまで

 

「概念獲得プロセス」=客体を認識して把握し、名前を付けて概念にする

「概念演繹プロセス」=手持ちの概念を基に、更に概念を増やす

「概念編集プロセス」=増やした概念を好きなルールで整頓し、概念を構造化する

結果、概念構造体が出来る=「思想」が完成

 

 

その為には「知識蔵」と「思考形式」と「編集エディタ」が有ると便利

=「EIIS構想」と「基本的思考ツール」と「メタ編集エディタ」

 

人類全員を思想家に出来る目処が立ったかな…

 


アプスー思想用語集

タイプ論・要約

 

心の興味関心の向かう二つの方向性と、意味を認識する為の四機能一組によって構成されている心の定義枠組み、それらによって規定される所謂「性格」と呼ばれるもの

=「タイプ論」

 

原理的には無意識と呼ばれる空間内で

上下軸を司る意識の指向性=「外向」と「内向」

情報を認識判断する為の四機能=縦軸を司る「思考」と「感情」、横軸を司る「感覚」と「直観」

という構成軸による三次元的な座標定位的定義によって形成されたと思われる。

要は空間認識と同様、概念認識にも空間的に展開された機能による認識が必要という事?

 

この構造の中心点且つ全体は「自己」と定義され、「個人の性格」とはこの空間内に位置する「自我の在り方の偏り」によって生じる。

 

 

 

以下心的機能別定義。

 

・外向 – 内向
リビド(心的能動性)が向けられる方向性。
それが外界の物質的な客体に向けられるか、内界の観念的な客体に向けられるかの違い。

 

・合理機能
判断機能軸の二極。客体に対する判断を行う。

・思考
客観的ロジックによる意味付けを行う。

・感情
主観的好嫌による価値付け、客体に対する受容可能性の判断を行う。

 

・非合理機能
知覚機能軸の二極。客体の存在を知覚する機能。

・感覚
現実的な客体の存在を知覚する機能。しかしその対象に対する判断は行わない。

・直観
目の前の現実を超えた予感や予知の類い。具象化行使するには思考機能等の補助が必要とされる。

 

上記の二つの方向性と四機能の内の一つづつを組み合わせたのが「典型的な個人格」となる。

例えば「外向的 – 思考タイプ」とか「内向的 – 感情タイプ」とかとか…計八種類。

要は空間認識と同様、概念認識にも空間的に展開された機能による認識が必要?という事か。

 

 

 

通常使用されるのはこの三次元的空間的に展開された定義の内の一部の機能だけで、構造のほぼ半分以上は劣等機能として無意識内に埋没している。

基本的には男性なら思考機能、女性なら感情機能などの限られた機能を優越機能として優先的に使用し、その他の機能は劣等機能として無意識下に埋没、場合によってはネガティブな形でその機能を表出させる。(男性なら感情的暴発、ヒステリーとか、女性なら破綻した思考、屁理屈みたいに)

 

そして所謂「心的な成長」とは、意識的に劣等的な心的機能を能動的に行使し機能させる事によって心の一面性に対する十全性を獲得してゆく事を指す。

これは所謂「自己実現」プロセスと同義であり、自己実現は心的理論構造上においては「意識と無意識との統合」と表現出来るが、タイプ論上では「性格の全構成要素の活性化」という形で表現出来る。

何故って「無意識の意識化による統合」と「無意識に埋没した心的機能の意識化による活性化」は同義だから。(余談ながら性格に典型的なタイプがあるならその接点では典型的な状況が発生してるだろうな…)

 

 

意味情報獲得プロセスの心理学的過程」にて若干の補項がしてあります。

認識場概念

 

もしかしたら知性体には共通の三次元空間的な認識の「場」のようなものがあるのかもしれない。

=三次元空間を認識する為のソフトウェア的な認識対応物=空間的認識場=「認識場概念」

各種感覚器から得た情報を処理する共通の場とでもいうか?

 

人間以外の生物は熱分布や磁場等を視覚的に処理してるらしいが、視覚的情報に落とし込むというよりはそう言った共通的認識空間場みたいな基底的認識場があるのかも。(音とか匂いとかも同じ場で処理してるのかも?コウモリとかクジラとかのソナーみたいなのとか)

例えば人間もテクノロジーが進んだら感覚器を増設してネットの電波やら放射能やらみたいなのをヒートマップみたいに視覚的に直接認識したり、音や熱みたいに感覚的に認識できるようになるかもな。(もっと進むと視線や意識の注意の方向、客体の情動なども可視化や認識出来るようになるかもな…)

そう言った時代には変な立体的音響を使った現代アートみたいなのとか出来るかもしれない、音楽音響建築物みたいな。

 

 

人間の人格の基礎となっている二つの方向性と四要素一組の機能による性格付けもこの

空間的な場=無意識?

に人格という基礎を打ち立てる過程で形成されたのかもしれない。

外向 – 内向の二要素による縦軸と、思考 – 感情軸、感覚 – 直観軸の四要素一組によって十字に構成されてる前後、左右軸の二組による三次元的な心の枠組み

=「心的認識構造」

つまりは三次元空間認識同様に概念認識にも絶対座標が必要?

 

 

しかしそう言った三次元的な認識自体がこの宇宙における人間の限界なのかもしれない…

=高等知性体分水嶺

 

誰が用意したのか?その存在はどうやってそう言った解を得たのか?は不明。
自然発生的なもので無ければの話だが…

 


アプスー思想用語集

概念インフラアップデート構想

 

レセプターがあればより多くの疾患に対応出来る=免疫系の強化

認識対応物が多ければそれだけ認識力が高まり対ハック力が高まる=概念インフラアップデートの必要性

になる訳か。

 

概念レセプター=認識対応物=元型

そして

認識多様性=対ハック力強化=ソフトウェア的ハックに対する防衛

になる訳だ。

 

=「認識対応物が多い=現実をより正確に認識出来る」(心理学で言う所の元型の活性化状態の事?要は心的なプロセス、なんだな。現実世界の体験それ自体よりも、そこから得た内省や考察によって認識対応物を増やすという内的プロセスの方がこの場合は重要であると。心的体験とでも言うべきか)

 

 

結局ハックに対してはプロテクトよりも更に強力なハックで対応するしか無いのかも知れない。

プロテクト=思考放棄、でハック=洗脳、と極論することも可能かもな…

 


アプスー思想用語集

音楽に対する一考察

 

人間は何で「単なる音の羅列」を「音楽」と認識出来るのだろう?
夜空の星の瞬きを「星座」と認識出来る様に
文字の羅列を「文章」と認識出来る様に

音楽とは「何者か」が用意した文章を探り出す行為に近いのかもしれない…

 

 

もしかしたら人間は音楽を文章同様に「意味情報」として認識してるのかもしれないな?

しかしなんで音楽で情感操作とかが出来るんだろ?
これはリズムやメロディ等による精神ハックに近いのかもしれない。

=認識していない意味情報によるハック=隠しコマンド

かもな…非接触的?な感覚器越しの感情操作、となるか?(言い方はアレだが…)

 

 

もしかしたら「音楽を認識出来るかどうか?」は知性体に於ける何らかの分水嶺になり得るかもな…

逆に言えば「音楽を認識出来るのならば人間で有ろうが無かろうが耳が有ろうが無かろうがその感情に人間は働きかけることが出来る」…とか?

高等知性体概念は「概念」じゃ無くなるかもな…もしくは高等動物分水嶺(ハードウェア的分岐点)とか高等知性体分水嶺(ソフトウェア的分岐点)とかとか…
「情操制御概念」とでも言うべきか?(更に演繹してくと凄い事になるが…「人間はここまでは行けるけどここから先は行けないよ?」みたいな…)

 


アプスー思想用語集

「影」の投影

「怒り」というのは根源的かつ基本的な感情=有機体に必須のアラート

であり「必要悪」なのかもしれず、それを解消する為には「ユーモア」や「メタ的な視点」とかが必要かもしれない…

もしくは自分の「攻撃モード状態」を「外敵認識系(相手の攻撃モード認識)」にも活用してる、とか?

=「影」の投影

「必要悪」では無い「モジュール共有によるミニマルな認識構造」かもな…

 

感情=根源的な能動性=リビド

であり「感情の制御」が問題、となるか?…最終的には。