新宗教概念

 

新宗教概念=テクノロジーによって実現されるであろう「神」へ至る概念インフラ構築プロセス=神概念実現プロセス

 

フローとしては

・高等動物分水嶺=高次概念が認識出来るかどうかのハードウェア的分岐点

・鏡像的認識構造=鏡像フラクタル自己認識フィードバックループ

・象徴認識構造=未知情報の概念化認識プロセス

・高等知性体概念=鏡像的認識構造と象徴認識構造との相関による人格精錬フィードバックループ=「自己認識プロセス」

・形而上的人間観=社会通念最適解の形成

・情操制御概念=制御出来ない流れを制御できる部分によって整流する自己制御手法の確立

・神概念実現=知性体におけるソフトウェア的発展過程の最終解=人格問題の最終解

 

…となるか?「神」へ至るために必要なハードウェア的要件定義が出来るかもな…

結果は案外人間そのままに社会性群体に落ち着くかもな…
具体的にどういう形になるかは不明…調律された自己組織化の果て、統制された局所最適解の集合とでも言うべきか?

=「汎用的大統一概念インフラ共通基盤整備計画」

…かなりの汎用性と拡張性を持つ、異種知性体とすら共有可能な「理想」となるかもな…

=あらゆる知性体に共有可能な理想=「汎知性体思想」

汎種族的汎銀河連邦概念の萌芽かも知れない。

=汎知性体思想によって統一された知性体群体=「高次社会性群体」

 

知性体は現実的認識や思考の元に束ねられねばならない。そこにファンタジーの入り込む余地は無いだろう。

高等知性体の宿痾を乗り越える為のファンタジーとの決別。

 


アプスー思想用語集

心理学とは

心理学とは意味情報を構造的に取り扱う試み。
人文学と自然科学を結ぶ接点であり ——往々にして異なるもの同士の接点ではインターフェースが生成されるが—— 心理学はその好例。

心理学はその成立の過程で宗教や哲学の流れを汲むが、それらの鏡像ともいうべき別物とも言える。
キリスト教とユダヤ教が、仏教とヒンドゥー教が、同じ流れの中同じものを扱いながら別物である以上に、それらと同じものを扱いながら全くの別物である。

 

主観的な人文学的視点では、意味に対する認識はそれを生み出した個人の属人性を超えられず(客観的な根拠が無い)、自然科学ではそもそも意味自体を扱えない。

しかし心理学的視点よって、人文学は自身を客観的に認識するのに必要な反照を得、自然科学は意味情報を取り扱えるようになる。(心理学的視点とは、複数の人文的テキストから共通項を見出し理論構造化する横断的見識や俯瞰的考察のこと)

 

人文的内容に投影された象徴と、自然科学的な知識。この、未知と既知の接点にあり、それらが互いの領域へアクセスするためのインターフェースとして生まれたのが心理学なのだ。

そして心的理論構造を理解するには知性と想像力が必要となる。何故って心的構造は無形の理論構造だから。

人間と意味

人間存在を理解するには、人間の目的・存在理由を、創造主の視点で考察する必要がある。
人間の視点のままでの人間理解では、人間からは単なる動物や自己保存・増殖装置以上の意味を見出せないだろう。

人間の「意味」を無視すると人間は只の物でしか無くなる。書物の内容を無視すると、只の紙とそれに乗ったインクでしか無くなる様に。
どこまで紙の質やインクの成分を分析したところで、ゲーテのファウストを理解した事にはならないのだ。

人間を理解できるのは人間だけであり、その「意味」を認識できるのは、人間の持つ意識だけなのだ。

錬金術と宗教が自然科学と心理学へ至る歴史的経緯

錬金術師達が黄金造りや不死の霊薬といった世俗的な目的を超えて、救世主の再臨のような宗教的テーマを錬金術に与えていたのは、しかしその結果が個人的な作品としてしか結実しないという事実は、「聖霊による個人への神性の受肉」というキリスト教的テーマの継承と発展を意味する。

宗教的真理は諸真理を示すが、人間の生活は全て永遠の真理の高みで営まれているわけでは無く、それを補完する錬金術が個別的具体的な問題解決を模索し、結果文明の利器を生む自然科学の父となった。

かくして信仰の光は文明的精神の外、文明人の内に生きる正銘の未開人としての「影」心の闇を照らす光となり、心の医学としての心理学へと結実する。

 

C・G・ユングより一部抜粋・要約・補項

意識とは

意識とは、各種感覚器官を通じて獲得した外界の情報を元に、外界を内的に再構築する情報処理機能。
人間はこの機能を通じて外界を間接的に認識し、干渉する。
外界と内界の接点であり、内界が外界に干渉する際のインターフェース。

そしてそれは、人間の認識する外界とは、人間が持つ視覚や聴覚などたかだか数種の感覚器官から取得されたパラメーターによって再現された劣化した情報の集合体であり、その世界認識は人間固有のものであって、人間は「真の、ありのままの現実」を直接は認識できない、ということも意味する。

人間において無意識からの分化による意識の確立を経て初めて生命は、自身とその行為を客観視できるようになり、能動的に自身や環境を改変できるようになった。
そしてこれからは、人間の設計を、人間自身が更新してゆくことになるのだろう。

 

内界、心の内にあるもの、心の中に住まうもの、とは言い換えれば「心」(主観的な自我意識)と言うツールによってしか認識できない存在であり、主観によってしか認識できない存在、影響という形で間接的にしか認識できない存在、客観的には証明できない存在、とは、現代の科学文明で扱えるテーマではない。
(そもそも「主観的自我意識によってのみ認識できる存在」というものには、「心(や脳)」の「内」とか「外」といった枠組み自体すら関係無いのかもしれない)

意味や心、それに自由、正義といった形而上的人間観を扱えないのは、現代自然科学の一つの限界でもある。

人の生み出すものについて

象徴:
人間にとって未知なものの表現。未知を具象化する試みの過程。

アート・未知の概念を未知なまま他者と共有可能なまでに具象化したもの。

 

記号:
人間にとって既知の概念から要素を抽出して表現したもの。

デザイン・既知の概念を再配置し、利便性を向上させる行為。

 

人間の被造物とは、大なり小なり有形無形にかかわらず、上記の要素の複合であると言える。

象徴に投影された未知の意味内容は、理解される事によって知識となり、投影の対象から外れた象徴は記号に落とし込まれる。

 

文明:
技術によって具象化された思想。

技術・外界を人間向けに改変する際に用いる手段。

思想・経験情報や意味情報を構造的に再編し体系化したもの。

哲学・個人的経験を普遍的原理に昇華したもの。

 

理論構造構築には学者の知験と芸術家のアーティスティックな具象化力が必要。

メソポタミア文明の結論としてのキリスト教から心理学の発生に至るまで

文明の発生:
食糧や火、水等自然の恩恵を甘受する狩猟採集から、自身で必要なものを生産する農耕牧畜への変化とそれに伴う文化の成熟。文化の成熟によって営まれるようになった創造的行為と行為が具象化された成果は相関進化し、結果文明が形成されたと思われる。

 

シュメール人の世界観:
シュメール神話における、天と地の間に生まれた風を司る主神エンリルと、大地と地下の海アプスーとの接点で出来た泥から生まれた人間の対比は、実現されるべき理想としての自己と、外界と内界(無意識)との接点から生まれた自我という関係の象徴と解釈できる。
アプスーとは無意識の象徴と言った所か。

 

メソポタミアの宗教観:
各都市国家に都市神がいて王権を奪い合う構図から、アッカド、アッシリア、バビロニアなどの広域帝国の出現による都市神や神話の習合の結果、一神教的宗教観と世界宗教の萌芽、王の神格化による神の受肉という哲学概念の形成へと繋がったと考えられる。

 

メソポタミア文明の結論としてのキリスト教:
メソポタミアで発生した文明と戦乱による離合集散は宗教、哲学体系を生み出し、ヘブライ人の手でユダヤ教へと纏められた。

後にナザレのイエスをきっかけに民族宗教から解放され世界宗教としてのキリスト教が発生したと思われる。

ヘブライ人のメソポタミア史に置ける被征服民という立場が、都市国家間における敵を必要とする戦いの神から法による客観的な支配と言う概念を生み、さらに愛と寛容による統治という世界宗教の特色を育む萌芽となったと思われる。

 

心理学の発生:
恐るべきユダヤ教の神を「愛」と定義して無害化する試みがキリスト教神話。
その結果人間にとって都合の良い部分はキリストとなったが都合の悪い部分も抑圧された潜在力として同等の力を与えられた。

この象徴の中には人間の意識と無意識の分化という有史以前から続く長い歴史が表されている。
そして19世紀末に至り人間の意識が無意識を客体として観測可能な迄に分化は進み、結果学問としての心理学が発生した。

その背景には、近代革命による「合理的」精神が宗教等に代表される「非合理」的なるものを抑圧した結果世界大戦に代表される惨劇が引き起こされた、と言う反省から来る、「非合理」的なるものの現代的(心理学的)受容、と言う歴史的必然が存在する。

今後は意識という現象(ソフトウェア)と脳という臓器(ハードウェア)を科学的に紐付けてゆくものと思われる。

 

物質的支配と思想的支配の違い:
オリエントの統一は優秀な個人の手で確立されその死と共に衰退、優秀な組織体の支えが有っても数十〜数百年で破綻した。
しかしその中から生まれたユダヤ・キリスト教世界の寿命は二千年を超えようとしている。
思想による統一とはそのリソースとなる情報が量という概念を持たない為に空間的にも時間的にも制約を受けないのかもしれない。

そして高次な情報とは物質的な豊かさの結晶でもある。

宗教と心理学が人類史に与える影響

宗教:
高等動物の意識と無意識の関係性の形而上的表現。

概要・意味情報を生み出すことの無い動物は自然環境があれば事足りるが、人間は意味情報を産出できる知的生物であり、その高いスペックゆえに自制心、つまり倫理道徳のような概念がなければ種として自滅することとなる。
その為精神性を培い倫理道徳を授ける上位存在が必要。

この「神」と形容される上位存在と人間との関係性を宗教的祭祀によって表現している。
宗教史とは人間の精神性獲得の過程とも言える。

理論構造・啓示や瞑想などによって得た意味情報を行いによって現実に具象化してゆく。
直観を思考によって具象化する「天才」と呼ばれる人のそれと同一の構造。

 

心理学:
人間の意識と無意識の関係性の形而下的理解。

概要・有史以前から続く人間の知的活動が19世紀末に結実し、人間は無意識という上位概念を客体として認識できる様になった。

その結果誕生した心理学による形而上的表象の形而下的理解を通じて人間は、倫理道徳の様な形而上的人間観をそれら固有の属人性を越え、精神医学を発達させる事となる。

理論構造・形而上的概念などに投影された心的概念という心的活動のログから規則性を見出し、心の理論構造を再構築している。
仮説の域を出るには脳という臓器の物理的な機能解明が待たれる。

 

結論:
自らの持つ破壊的手段により種として自殺出来るようになったという歴史的転換点を経て人類は、自制という倫理道徳的問題に真剣に取り組まざるを得なくなる。