状況受容性について

状況受容性、つまり適者生存の様な結果論的勝者の視点で無くもっとミクロな、生存性と言うか困難や苦境を乗り越え克服する力、そう言った性質や性向、みたいなものがあるのかもな。ある種の哲学というか。

属性としてはパッシブなものとなるな。つまりは根性みたいなものかも知らんが、従来はマゾヒズムみたいな言葉で卑下されて来たものかもしれないな。

 


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文明形成プロセス

抽象的な情報(宗教・思想・哲学等)→マネジメント(政治等)→技術(有形無形に関わらないあらゆる具象化手段)→具象化された結果(有形無形に関わらないプロダクトやコンテンツ等)

という高等情報処理から基底情報処理によって形作られる一連の流れ。

 

具体的には上記の抽象−具象軸(情報処理フロー軸)と処理データ総量(総人類によって演繹された情報総数)によって構成されたグラフによって可視化出来、情報処理担当ノード数に応じて現状三角形に近いシルエットを描く筈。

そして恐らく極限においては四辺形に近づくだろう。

 


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メタヒューマン概念

人間を人間たらしむる存在。人間を観測し存在させる存在。人類の鏡。神、ないし超人、神話的存在や伝説の中の登場人物、SFに於ける宇宙人等etc…と表現されて来たもの。

人類文明にとっての自己診断プログラムやデバッガー、新しい宗教家の事なのかもな。

 


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群体制御ロジック

もしかしたら多神教とは、外的客体の認識とその神格化による神概念の成立と、ペルソナの偶像化による観念具象化プロセス=概念生成プロセスとの相関によって形成されたものなのかもしれない。

そしてそれは有史以降、高度な都市国家文明が発生しペルソナという社会的役割が発展してゆく過程とも相関しているのかもな。

そして偶像の禁止とは、その成果の人類社会への還元を意図してたのかもな。

 

もしかしたら、こうして概念インフラを段階的に整えているのかも知れないな。

 


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ヌーメンとは

ヌーメンとは突き詰めれば自分の中の絶対的な他者、なのかもな。心からどれだけ不確定要素を取り除いても制御出来ない要素というか。

逆に言えば、ヌーメンが無ければ人間とは情報の入出力処理装置とコミュニケーションロジックで構成された機械の様なものになってしまうのかもしれない。(それによって逆説的にヌーメン的要素を逆算特定出来るかもな)

 

端的に言えば、煩悩によって駆動するマシンが人間であり、煩悩を克服する、とは内なる神を克服する、に等しく、宗教史とは内なる神の克服の歴史、だったのかもな。

つまりは、ヌーメン=自己=リビドを生み出すもの=分化され偏在する神の一部、ともなるのかもな。

 

禅じゃないけれども、人間は考えることを止めることが難しい。=ヌーメンによって駆動させられていることの証、なのかもな。

 


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悪意の果て

殺人を目的とし不快という手段を用いその最適化を続けていけばいずれ自身の不快さによって自滅する事となるだろう。

もしかしたら知性とは快よりも不快の方が耐性が低いのかもしれ無い。

これも悪意を動源とする仕組みはその極限に於いてはいずれ破綻する、という結末を導く為の一つの安全装置なのかもな。
これは知性体を用いた装置の一つの極限かも知れない。

 

これはある種の寓話何だろうか?

造物主の思惑

性欲もリビドやヌーメンのようなものとして出力欲求とし、その物質的現れである性的行為を宗教的概念を与える事によって抑圧すると、個体増殖によって規模を拡大させながら情報的交流が行われる種族規模の並列分散処理群体が出来上がる、というプロセスなんだろうか?

 

情報の並列分散処理という目的が種族規模で共有され協調ゲーム体制が整えば、「情報が力を持つ」みたいな価値観も終わりを迎えるかもな。(単純に効率が下がる)

もしかしたら、情報インフラネットワークが種族全体を繋ぎ、宗教的概念が実質的拘束力を失うまでがリミットだったのかもな。

 

この知性体群体育成プロセスの先には一体何が待ち受けているのだろうか?
オーバーロードやジェダイでも作りたいんだろうか?
まぁ人類にそれだけの器があればの話だろうが。

生きている、とは?

「生きている」という状態を厳密に定義すると生命活動を越えたなんらかの状態になるのかもな。
逆に言えば、生命活動をしてても「死んでいる」と分類される様な事態も起こりうるかもしれない。

そして「存在」と「背景」を分かつのは、「認識という行為そのもの」かもしれない。

=認識行為をする主体=生きている存在=知性体

高等知性体の宿痾

「正気」と「狂気」を衆愚が決める限り、その「認識」と「現実」の差分は埋まらないだろう。結局世の大半の人間は誰かの空想を生き、群集心理は容易に人を悪意に染め上げる。

「空想を現実と認識出来無い人間」が「狂気」だとすればそれは、「その世界が狂っている」という事なんだろう。

「絶対基準」というものが必要だろな。そうでなければ「異常な世界」では「正常な人間」が「異常な人間」になってしまうのだから。

「思想」が出来るまで

 

「概念獲得プロセス」=客体を認識して把握し、名前を付けて概念にする

「概念演繹プロセス」=手持ちの概念を基に、更に概念を増やす

「概念編集プロセス」=増やした概念を好きなルールで整頓し、概念を構造化する

結果、概念構造体が出来る=「思想」が完成

 

 

その為には「知識蔵」と「思考形式」と「編集エディタ」が有ると便利

=「EIIS構想」と「基本的思考ツール」と「メタ編集エディタ」

 

人類全員を思想家に出来る目処が立ったかな…

 


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