人格形成過程に対する一考察

もしかしたら意識というものは、無意識の力動の欲求・発露を整流・表現すると言う都合の為にデザインされて行くのかも知れない。(力関係から言えば当然と言えば当然だが)

その需要の結果として意識から高次の意味での精神性が生まれ、その精神によって無意識の奔流を整流する、という三すくみの構造があるのだろう。(心から生まれ育まれる理性、の様な。フラクタル構造に近いな。逆に言えば、誰もが高い精神性を持ち得る訳ではなく、しかしその逆の存在には容易になれる、という構造が、現実社会には反映されているのかもな)

自己実現とは、無意識の力動を恣意的に引き出す為に能動的・主体的に意識を精神によってリデザインする様なものなのかもな。

新しい精神医学

もしかしたら心の病とは、ある一定のテーマの元に認識がループ状に固定された様な状態なのかもな。

 

これをある一定の見識や定型の下にロジックパターンをアプスー式状に可視化させる事が出来たら、治癒する立場の人は心の病を持った人の心的な問題点が把握しやすくなるのかもな。

 

そしてこの手段はいずれ技術や文明が進んだら、心的負荷の結果だけで無くハードウェア的な欠損の結果としての心の病にも応用可能となるかもな。(更には一定の野心と手段さえ有れば心の病の状態を作為的に再現することすら可能だろう、何に使えるのかはともかく)


アプスー思想用語集

タイプ論・要約

 

心の興味関心の向かう二つの方向性と、意味を認識する為の四機能一組によって構成されている心の定義枠組み、それらによって規定される所謂「性格」と呼ばれるもの

=「タイプ論」

 

原理的には無意識と呼ばれる空間内で

上下軸を司る意識の指向性=「外向」と「内向」

情報を認識判断する為の四機能=縦軸を司る「思考」と「感情」、横軸を司る「感覚」と「直観」

という構成軸による三次元的な座標定位的定義によって形成されたと思われる。

要は空間認識と同様、概念認識にも空間的に展開された機能による認識が必要という事?

 

この構造の中心点且つ全体は「自己」と定義され、「個人の性格」とはこの空間内に位置する「自我の在り方の偏り」によって生じる。

 

 

 

以下心的機能別定義。

 

・外向 – 内向
リビド(心的能動性)が向けられる方向性。
それが外界の物質的な客体に向けられるか、内界の観念的な客体に向けられるかの違い。

 

・合理機能
判断機能軸の二極。客体に対する判断を行う。

・思考
客観的ロジックによる意味付けを行う。

・感情
主観的好嫌による価値付け、客体に対する受容可能性の判断を行う。

 

・非合理機能
知覚機能軸の二極。客体の存在を知覚する機能。

・感覚
現実的な客体の存在を知覚する機能。しかしその対象に対する判断は行わない。

・直観
目の前の現実を超えた予感や予知の類い。具象化行使するには思考機能等の補助が必要とされる。

 

上記の二つの方向性と四機能の内の一つづつを組み合わせたのが「典型的な個人格」となる。

例えば「外向的 – 思考タイプ」とか「内向的 – 感情タイプ」とかとか…計八種類。

要は空間認識と同様、概念認識にも空間的に展開された機能による認識が必要?という事か。

 

 

 

通常使用されるのはこの三次元的空間的に展開された定義の内の一部の機能だけで、構造のほぼ半分以上は劣等機能として無意識内に埋没している。

基本的には男性なら思考機能、女性なら感情機能などの限られた機能を優越機能として優先的に使用し、その他の機能は劣等機能として無意識下に埋没、場合によってはネガティブな形でその機能を表出させる。(男性なら感情的暴発、ヒステリーとか、女性なら破綻した思考、屁理屈みたいに)

 

そして所謂「心的な成長」とは、意識的に劣等的な心的機能を能動的に行使し機能させる事によって心の一面性に対する十全性を獲得してゆく事を指す。

これは所謂「自己実現」プロセスと同義であり、自己実現は心的理論構造上においては「意識と無意識との統合」と表現出来るが、タイプ論上では「性格の全構成要素の活性化」という形で表現出来る。

何故って「無意識の意識化による統合」と「無意識に埋没した心的機能の意識化による活性化」は同義だから。(余談ながら性格に典型的なタイプがあるならその接点では典型的な状況が発生してるだろうな…)

 

 

意味情報獲得プロセスの心理学的過程」にて若干の補項がしてあります。

今使っている文具 vol.009

やはり「人格」というのはある種の「スキル」なんだろうか?心理学的概念を考える程にそう思う…

 

今使ってる文具達

 

Fabercastell クラシックコレクション万年筆・エボニー:
・ニブ:パイロット・F14kニブ
・インク: <ノクタジュール


メインウェポン。この組み合わせで固定か?


Fabercastell クラシックコレクション万年筆:エボニー・レビュー

 

 

Yard・O・Led バイスロイ万年筆・ヴィクトリアン:
・ニブ:パイロット・F14kニブ
・インク: <エターナライザー


いつものパイロットEF14kニブからパイロットF14kニブにしてみた。
何気にフロー渋め。


Yard・O・Led バイスロイ万年筆:ヴィクトリアン・レビュー

 

 

Caran d’Ache バリアス万年筆・エボニー:
・ニブ:パイロット・EF14kニブ
・インク: <レッドドラゴン


古典(気味)インクの<レッドドラゴン>が映えるパイロットの極細ニブEF14kで運用。
赤系インクがよく似合う。このインクは細ニブの方が映えるようだ。
古典インクなのでフローが渋く、線はかなり細くなる。

ただキャップの気密性が低く古典インクと相性が悪いのが悩みどころ…(なんとクリップ付け根に空気穴?が空いていた…水を入れたら判ったが…意外)


Caran d’Ache バリアス万年筆:エボニー・レビュー

 

 

Lamy CP1万年筆:
・ニブ:パイロット・EF14kニブ
・インク: <ノクタジュール


手持ちのモダン系デザインの軸の中では割と極みかも。
国産の細線金ニブが使え且つミニマルなデザインの軽やかな軸が何気に使ってて感動する。

ただ首軸プラスチック部分をかなり薄く加工してるので強度が心配。
あと他の軸と同じ一般的なシュミット系ニブユニットを流用してるのに何故かこの軸だとインクフローが渋くなるという…理由は不明。
なぜかcp1はペン先でインクがよく漏れてるのも良く解らん、ラミーのニブを使ってた頃から。
キャップ開閉時の圧の問題か?

凶悪な攻撃力を持った尖り切ったクリップの為に他の軸と気軽に一緒に扱えないのが難点。


Lamy CP1万年筆・レビュー

 

 

Kaweco スペシャル万年筆:
・ニブ:ファーバーカステル・EF18kニブ
・インク: <ラベンダーブルー


オーソドックスながら万年筆では殆ど見かけない、故に却って尖ったデザインと言う風変わり(?)な軸のカベコさん。お気に入り。
構成パーツがほぼ金属製なので頑強なのも好み。

高級軸は何気にネジ部分やキャップインナーパーツにプラスチックを使用してるので「大丈夫かなぁ…」となってしまう、摩耗とか。金属×樹脂だし…

そういう意味ではニブユニット以外全金属製のリリプットが極まってるが。
これくらいシンプルなパーツ構成の銀軸とか有ったら良いが…

インクは古典(気味)インクの<ラベンダーブルー>でニブはファーバーカステルのEF18kニブ。
試しにクリップをつけて運用中。今度ブラスバージョンも出るそうだ。


Kaweco スペシャル万年筆・レビュー

 

 

Caran d’ache エクリドールXS万年筆:
・ニブ:パイロット・EF14kニブ
・インク:<エターナライザー


しばらくハイライター用途で使っていたが下記ブックスリーブに外付けのペンホルダーがあったので、相応しいのはショート万年筆かな?と思いメインの実用軸に復員した。

ニブはパイロットEF14kでインクはやはり銀軸に良く合う青系の<エターナライザー>。
極細の線が引けて気分が良い。

インクフローが悪すぎるのが欠点か?


Caran d’Ache エクリドールXS万年筆・レビュー

 

 

Kaweco リリプット万年筆:
・ニブ:パイロット・SF14kニブ
・インク:エルバン・グリヌアージュ


エクリドールXSの代わりにハイライターにしたアルミのリリプットさん。
ニブは線幅が可変しやすいSF14k。
インクはいつものグリヌアージュ、上品な色。

グリヌアージュは紙面の圧迫感が増さないので気軽に引けるところが良い。


Kaweco リリプット万年筆・レビュー

 

 

Kaweco リリプット万年筆・ブラック:
・ニブ:カヴェコ・インクローラーユニット
・インク:エルバン・カーマイン


いつもの深紅のカーマインを使ったハイライター。
試しにカヴェコ・スポーツ用のインクローラーユニットを使ってる(カヴェコ・スポーツ・インクローラーはもう廃盤なんだろうか?ローラーボールなら有る様だが)。

万年筆のニブと違ってインクローラーは要は万年筆インクが使えるボールペンなので、線幅もインクの濃淡もほぼ一定。
染料インクだからかサラサラした書き心地だが、たまにゴリゴリした感触があるな…(インクの粘度が油性インクと違ってかなり低いだろうから、ペン先の球体の感触が直に伝わるんだろうか?)

無意味にブロンズのクリップ付けてるが何気に似合ってるな…


Kaweco リリプット万年筆 ブラック・レビュー

 

 

A.G.Spalding & Bros.・マルチケース:


コルドバ(革みたいな丈夫な紙)製の封筒みたいなケースで本来ペンシースではないが、クリップで挟んで軸を並べられるベルトみたいなパーツを仕込んで、中で軸がガチャガチャし無い様にした(CP1の凶悪なクリップ対策…)。

色々ペンケース関連は模索したがこれが結論かも…
ここの製品は何気にかなりレベル高い。

ペンは頑張ったら7〜8本位は入るかな?
ハイライター用のリリプット二本は専用レザーケースに入れてそのまま放り込んである。

 

 

トラベラーズノート:


軽量版。詳細はレビューを。
クリップを無くしてオプションにブックマークルーペというものを付け加えてみた(特に使わんけど…)。


トラベラーズノート・レビュー

 

 

HIGHTIDE・ダイアリー用ブックスリーブ


ハイタイドのダイアリー用ブックスリーブ・A5サイズのレベルが高かったのでトラベラーズノートや万年筆入れをまとめて運ぶカバンとした。

レザー使っててデザインのレベルも利便性も高いが、時期が時期なだけに?かなり値段が下がっていたので購入してみたがとても使い易い。
構造はメインの収納スペースとサイドポケットに外付けのペンホルダー(!)とミニマルな構成。
とてもダイアリーのおまけとは思えない、単品としても十分成立しそうな商品。
横幅がトラベラーズノートと何気にぴったり。

底の方にスペースが空くので普通の文具もついでに入れてる。

 

 

CRYSTAL ARMOR・レザーiPhoneケース


外出時には必ず持ち歩くiPhone用のレザーケース
厚いレザー製なのでかさ張るがかなり良いもの。トラベラーズノート風にアレンジして使っている。

表紙裏にSinjiポーチケース横型を貼り付けカード入れにして、コルドバ(革みたいな丈夫な紙)の名刺入れを間に挟んでオプション入れにしサイフ機能も持たせた。
Sinjiポーチはかなり使える。

折り目部分の革が何気に薄く削って?あって開閉しやすく気が利いている。

 

 

総評:
相当ミニマルになってきた、というには万年筆が多すぎだが…

 

思ったんだけどインクカートリッジの素材を柔らかシリコンにしたら簡易コンバーター的になって良いんじゃなかろうか?

ペン芯とかもシリコンにしたらホントに万年持つかもな…

高等知性体概念

 

知性体におけるソフトウェア的発展過程の結論=高等知性体概念

 

「「投影」という認識行為に対する一考察」で述べた「投影による主体認識系」と「元型による客体認識系」の相関によって人格化は精錬されていくのかも知れない。

つまり

人格=情報認識システム=自我+意識=「自己」−(個人的無意識+集合的無意識)(…面白い逆算だな…)

そして

「投影による主体認識系」と「元型による客体認識系」の相関関係=自律的人格精錬フィードバックループシステム=「自己認識プロセス」

結論としては「高次の人格とは情報認識の極みであり、高等知性体ほど情報の価値が高まる」

 

 

このフィードバックループの確立には「客体」が必要であり、全てはこの「鏡像的認識構造」の産物である。

そして先見的には「アルパ」、そして結果としての「オメガ」なる者

=「自己」

“神は自らの似姿として人を創った”

とか?つまり

「自己」(テンプレート)+鏡像的認識構造(プロセス)+リビド(動因)=人格の極み=「神」

な訳だ、要は。(何気に三位一体)そして

神性の受肉=自己実現=人間を新たな「神」にする事

と、なる…な…

 

 

要は「無力な存在」に、「神」を認識させることによって「神」になりたいという欲動を生じさせ、そこへ至るインフラを用意すれば結果「神」に至るという?

最小構成単位としては

・主体と環境=主題=知性体と世界
・発展プロセス=過程=鏡像的認識構造=「投影」
・「神」概念認識=結論=「自己」=アルパ(始まり)にしてオメガ(終わり)

主体が環境から発生した問題を解決出来る存在足ろうとし、そこへ至るプロセスさえ整えておけば、結果「神」となるという…事かな?

このプロセスは人間社会においても散見される汎用的なプロセスだな…「場と存在と手段と目標」が有ればあとは勝手に育つ、と。
「自律性」は「究極の手段」という事か?シムシティみたいだな…要は「動的」な訳だ、世界は。
ミニマルな構造のフラクタルな連続…

なんでそんな事をされていらっしゃるのかは不明…

 


アプスー思想用語集

不滅なる者

生物の存在理由の帰結としての不死性の獲得とそのデメリット。「不死性の獲得」と「人格の成熟」の相克というテーマ。

 

「生命原理」は存在自体を目的としており、不死性の獲得というハードウェア的発展過程には人格(によって構築される文明と技術)が必要となる。

詰まるところ結果として「永続する生命」とは「永続する人格」を意味し、「生命原理」と「人格」は正しい「存在目的」によって健全性を獲得し、三位一体を為す。

 

そしてその「存在目的」の究極とは創造的行為の極みとしての「神へ至る道」。

 

元型論・要約

 

人間が客体を「認識」するためには(外的物体等に「意味」を見出す為には)内的な対応物が必要となる。
哲学では「イデア」等と呼ばれるものを、心理学では「元型」と呼ぶ。

「意識」とは人体の各種感覚器から得た情報を統合処理する機能だが、その意識が「知覚」した対象に対する「認識行為」は、「無意識」と呼ばれる領域上で実行される「元型」と呼ばれる潜在的指向性に沿って動作するとされる。

ユング曰く

世界の「イメージ」は世界の半分を為す

 

 

人間の「心」は、認識の主座である「自我」と、それによって認識された「意識(領域)」、そして自我によって認識されていない「無意識」と呼ばれる領域に別けられる。

「無意識」はさらに個人的な要素によって構成された「個人的」無意識と「非個人的」な領域に別れ、非個人的な領域は人類共通の普遍的な心的基盤である為に「集合的」無意識と呼ばれる。

これは「自我」が個人ごとに様々な個性を帯びながらもハードウェアとしての「脳」の構造が同一な様に、人間の「意識」もまた多様な個性を見せながらもその深層においては同一なソフトウェア基盤の上で実行されている、という仮説とも言える。

そして心は深層へ向かう程(意識領域から個人的無意識、集合的無意識へ向かう程)属人性を失い、独自の普遍的自律的主体性を帯び、最終的には本能の様な反応系を経て物質的基盤ヘと至るとされる。

 

意識は物事を「知覚する」が、逆に言えば「知覚しか出来ない」、とも言える。
元型とはその知覚された客体に「意味」や「価値」を与える認識機能。

集合的無意識上で実行され、決まった形を持たない観念(先入観)そのものの様な存在で、民族や地域、文化、個人によって様々な形を取り時代と共に変化するもの、とされる。

この「集合的無意識」という現象は、複数の民族神話や精神病患者などの空想を「人間の生み出したファンタジー」として同列に扱い、その比較から共通項を見出す事により、これら類似性の有る空想を生み出す時代性、地域性を超えた人類共通の心的基盤が有るのでは?との類推から成り立っている。
そしてその活動は、有史以前からストックされ続けた静的な太古的経験情報の再現のみならず、動的な、個々人の現実生活的要素をも包括していると考えられる。

そして人類規模での個人的経験情報の集積による集合的無意識のアップデートと、集合的無意識からもたらされる「啓示的」な意味情報による(集合的)意識世界の更新は、ある種のフィードバックループを為しているものと考えられる。

 

しかしそれがどの様にして具体的に人類個体で実行されているのかは不明。
人間の個体情報は物理的な遺伝経路を辿るだけであり、しかもその個人の経験情報はその個体の死と共に失われ、如何なる形であれ遺伝的には継承されない筈だから。

それが個体の遺伝的経路を越えて民族や種族にまで及ぶほどの潜在的情報共有基盤とその歴史単位規模での全面的アップデートとなると、何らかの未知の構造(非物質的な!)の存在の可能性すら考察の対象に入る。

実際ユング自身は神話や伝説などに登場する所謂「あの世」は心理学に於いては「集合的無意識」の単なる言い換えに過ぎない、とまで言っている。

不可能事を消去していけば、後に残った可能性は、どんなに可能性が低く思えても真実に他ならない

との言葉もあるが、果たして…

 

この「認識の為の対応物」と言う概念をより深く演繹して行けば、人間の「人格」を認識出来る存在は、「人間的な人格」ないし「人格的な何か」という対応物を持つ、それ故の「人格神(人格を持った神)」、といった存在すら仮定できる。

もしくは、人間が「神的な存在」を認識する為には、その対応物となる「神的要素」が内在していなければならず、それ故の神概念認識の為の「元型」と言う反照。

そして恐らくこれらの考えは鏡像を為すのだろう。

 

詰まるところ、「歴史とは進行し続ける神性の受肉」であり、「自己実現」とは、敢えて誤解を恐れずに言えば、「神が人間を通じて外界に実現する過程」そのもの、とも言えるだろう。