認識について

人間はその心が感じた思いをそのまま他者に伝達することはできず、現在はもっぱら音声言語によって意思伝達をしている。
そしてさらにその音声言語から多くの要素を削ぎ落とした文字情報というのは、当初人の心が感じていた思いの数パーセントくらいの要素しか残っていないだろう。
それでも、こんな広範囲に汎用的な意思伝達手段があるというのは本当に素晴らしいことだな、と思う。
こんな意味情報伝達手段を持っているのはこの既知宇宙では人間だけだろう、少なくとも今は。

しかしもし仮に、文字情報や音声言語を上回る完全言語のようなもの。例えばテレパシーのような、頭の中のイメージを直接他者に伝達できるような手段を全人類が獲得したとしても、現状からそれほど変化は無いだろう。
結局個人の理解力には個体差があり、その個人が認識できるのは、その個人の理解力の及ぶ範囲まででしかないのだから。

個人はどこまでいっても個人であり、コミュニケーションとは単なる手段に過ぎず、重要なのは認識力なのだ。
正しい認識のみが、己も含めた客体の能力を完全に引き出すことができる。この物理世界の可能性を行使できる。この一点において。

投稿者:

ノクタジュール

万年筆が好きな人。