人格形成過程に対する一考察

もしかしたら意識というものは、無意識の力動の欲求・発露を整流・表現すると言う都合の為にデザインされて行くのかも知れない。(力関係から言えば当然と言えば当然だが)

その需要の結果として意識から高次の意味での精神性が生まれ、その精神によって無意識の奔流を整流する、という三すくみの構造があるのだろう。(心から生まれ育まれる理性、の様な。フラクタル構造に近いな。逆に言えば、誰もが高い精神性を持ち得る訳ではなく、しかしその逆の存在には容易になれる、という構造が、現実社会には反映されているのかもな)

自己実現とは、無意識の力動を恣意的に引き出す為に能動的・主体的に意識を精神によってリデザインする様なものなのかもな。

投稿者:

ノクタジュール

万年筆が好きな人。