「投影」という認識行為に対する一考察

 

「自我」とは「個人的無意識の人格化」なんだろうか?

これはユングにおける「フィレモン」のような「集合的無意識の擬人化による元型のキャラクター化」に近いのかも知れない。

 

そして

自我=認識の主体

であるなら、認識の為には「認識するもの」と「認識されるもの」が必要であり、無意識が自らを「客観的に認識」する為には「自我という鏡」が必要となる。

この「知るものと知られるもの」の関係によって意識領域が形成・拡張されるのだろう。

 

つまり

投影=鏡

であり、自らの「影」(潜在的可能性)を認識するには客体という「鏡」が必要。

これが事実なら「投影」という意味が不明な程回りくどい認識も「知るものと知られるもの」という分かたれた存在の組み合わせが続く「フラクタルな認識構造の延長」と定義出来るだろう。

 

 

自我形成過程とは「認識行為」という需要に応じて「ハード的に蓄積された情報塊」を素材に段階的に形成されたのだろう。

そして先見的には「自己」や「元型」というある種のテンプレートがあって、ハードの機能に応じてそれらの再現性が異なる、とか?

つまり人間の認識系は「元型による客体認識系」と「投影による主体認識系」の二柱となる訳か。

これは「高等動物」と「それ未満」を別つ分水嶺かもな、「自らを客観的に認識出来るかどうか?」とは。

 

つまりは

無意識的存在=心的(霊的)存在に近い

のかもな。

=物質的存在としての自覚が薄い

物質的存在としての自覚がある程に「他者を大切にする」という基本的な概念(形而上的人間観)が理解出来る筈だから。

=人は皆いずれ死ぬ

 

 

「元型による客体認識系」の方は、知性体が外界適応の過程で得た認識を内在化させる事によって内界に認識の為の対応物が生成され、結果「元型」(認識対応物)が形成されたのだろう。

そしてそれを知性体個体が認識する事により新たな概念が生まれ、その具象化とフィードバックループにより新たな認識対応物(元型)が生成される、とか?

要は縦軸としての「投影による主体認識系」が外的要因により駆動された結果が、横の広がりとしての「元型による客体認識系」となるかもな。

 

ソフトウェア構造のフロー的には

・感覚器=情報取得

・認識器(仮)=取得情報と概念との符号の検索参照

・思考=概念化された情報の処理

となるか?だから出力は記号の塊に近くなるのかもな…

 

結論としては

自分を客観的に認識する事によって自身を能動的にコントロール出来る様になる=フィードバックループの確立=「投影」の意識化=「自己認識プロセス」

という訳だ。

要は「鏡によって身だしなみを整える」、という事かもな。

 

 

高等知性体概念」へ続く。


アプスー思想用語集

投稿者:

ノクタジュール

万年筆が好きな人。